イケメンや美人は人生得?いや普通に考えようよ

私事になるが、わたしにはモデルの友達がいる。たしかに誰が見ても可愛いと思う造形をしている。

「人は見た目が9割」

と言われている今の世の中にとって、はたして彼女は勝者となるのだろうか。上の理論でいくと勝ち組でしかない。今回はイケメンと美人について思うことを書いていきたい。

 

 

まず、モデルの友達と書いたが、少し詳しく説明したい。彼女はもとから友達だったわけではなく、親友の彼女という間柄だ。その親友はイケメンである。

親友とは高校時代を共に過ごしたが大学が他県となり合う機会は減ったが帰省した際に会ったりしている。そんなこんなで、彼女といっしょにこちらに帰省してきた際に飲みに行き友達になった次第である。

彼女はちょっとした有名人であり、店に行くと知っている人が声をかけにきたりヒソヒソ話をしたりする。もちろん私に向けられたものではないがこういった事が本当に起こるんだなと驚いたことを覚えている。

 

 

 

モデルという見た目から収入を得るお仕事というものは美人やイケメンの専売特許であろう。かなりの美形でなければそれだけで生きていくのは極めて難しい。実は売れていないモデルの友達もいるのだが、彼は就職はせずバイトで食いつなぎコレクションなどにちょくちょく出るといった生活をおくっている。

モデルといっても芸能界のようなものなので、売れれば大金が入るし売れなければ生きていけない、そんな仕事であることは間違いない。

 

 

 

 

脱線したが、今回はモデルについてではなく、イケメンと美女は人生の勝ち組かどうかといった議論をしたい。

私個人の結論を言わせてもらうと、美形はそれだけで勝ち組である。

わたしの他にもこう結論づけた人は多いことと思う。これは論理的ではなく感情的な結論だということも付け足しておこう。この感情的な部分は自らが美形ではないと思っている人ほど強くなる傾向がある。

一種の美形への憧れと自らの劣等感から美形は勝ち組だと決めつけてしまうところはあるのかもしれない。

 

 

 

しかし、具体的にみていくとやはり美形は勝ち組と呼んでいい例がいくつもある。

結婚や恋愛はその最たるものだろう。誰しもイケメンや美女と付き合いたいものである。しかしイケメンや美女はイケメンや美女と付き合う。上位から付き合っていって、余りもの同士が一般レベルになってくる世の中である。性格重視なんて都合のいい言葉があるが、そんなことを言っていると逆にみじめなので気を付けた方が良い。美形と付き合いたい人類にとって美形は勝ち組であるといえる。

 

 

 

 

また、社会生活でもいろいろと違いが生じる。

美形はなにかと得をしがちである。初対面の人の印象や発言力の高さ、友人の出来やすさや信頼のされやすさなどにおいて美形は圧倒的に有利である。そして人に覚えられやすい上に気に入られやすい。

逆に美形でない場合の例をあげようと思ったが、何かと道徳的な問題が起こりそうだと気づいたため、やめておく。とにかく、美形はなにかと得しやすいということだ。

これは面接などにも影響があることにも言及しておこう。顔採用というものはアナウンサーといったほぼモデルのような仕事しかありえないが、同じレベルの学生がいる場合、間違いなく顔で選ばれるだろう。いわざTOEICの点数のようなものだろうか。どちらも能力や情熱は変わらない、なら美形(TOEICが高い方)を採ろうかなと。

 

 

 

 

しいて言えばイジメの問題だろうか。今ほとんどの学校でイジメがあるだろう。簡単に書いているが重大な問題である。しかしイジメなんてものはたどれば紀元前からあったし、さかなクンいわく魚の世界にもあるらしいじゃないか。そう簡単に解決する問題ではない。美形はその対象にされる機会がそこそこあるという話は聞いたことがある。これは嫉妬や憧れが原因なのだが、いじめはいじめだ。特に女の子でかわいい子はいじめられやすい。

いじめる人は人として軽蔑するが、いじめられている女の子は可哀想である。しかし、そういった子は彼氏が守ってくれたりするものだが、美形のデメリットとしてイジメの問題はあるだろう。

 

 

 

 

しかしなんといっても美形の一番有利な点は芸能界に入りやすいという点だと思う。芸能界は限られた人しか活躍できないが、その可能性は美形の人がずっと高い。稼ぎにしてもテレビで活躍できる人はサラリーマンとは比べ物にならない次元で稼いでいる。そのお金でほんとうに自分がしたいことをしている人も数多くいる。

最近ではかわいい子やイケメンという人たちの数はとんでもなく多いようなきがする。それによって芸能界志望の美形の人たちはすでに飽和状態で順番待ちのようだ。

しかし、美形が芸能界のチャンスを握っていることは美形の特権の一つだろう。よくある原宿でスカウトされました。なんていう偶然で一代で巨万の富を築く人もいるのだから。

 

 

 

 

 

おわりとして、やはり美形に越したことはない、ということだ。

しかし、美形になりたいと思ってもなれるものではないのでこんなことを考えていても時間の無駄以外の何物でもないわけである。

美形に生まれなかったらそれはそれで生きる道があるのだ。

羨ましいなあと思う気持ちをぐっと押さえて身の丈にあった行動をとることが賢者の生き方である。

 

P.S. それにしてもかわいい子は可愛いなあ。イケメンはかっこいいなあ。一日だけでも代わってくれ。

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この記事を書いた人

文系で日本史専攻→システムエンジニア
情報処理安全確保支援士・AWSSAP
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