「人生とは苦しみである。」ブッダの言葉から人生を考える

人生とは人それぞれである。人によって人生をどう見るかは違う。楽しいと言う人もいれば苦しいと言う人もいる。悲しんでいる人もいれば、人生の意味を探し求めている人もいる。

この疑問は昔の人々も同様に持っていた。宗教が紀元前から今まで脈々と受け継がれてきたのがその証拠である。皆心のよりどころを求めた。

ではその宗教の祖はどのように人生を捉えたかをみてみよう。今回は仏教祖ブッダを取りあげたい。

 

人生とは苦しみである     ブッダ

 

ブッダはこのように断言している。

そして、その苦しみは八つあると説く。それは「生・老・病・死」そして「愛別離苦(あいべつりく)」「怨憎会苦(おんぞうえく)」「求不得苦(ぐふとっく)」「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」の八つである。

先の四つは理解が簡単だが、後者はあまり使われない言葉なので簡単に説明すると、

「愛別離苦」は愛する人と別れたり、離れなければならないという苦しみのことである。一番心を苦しめるのはこれかもしれない。死ならばいつか諦めがつくが愛はなかなか厄介だ。

「怨憎会苦」は恨んだり憎んだりする人と会わなければならない苦しみである。会いたくない人と仕事や付き合いで会わなければならないのがこれにあたる。

「求不得苦」は求めるものが得られないという苦しみ。欲望が深ければ深いほどこの苦しみは大きくなるだろう。

「五蘊盛苦」は健康で心身が活発であるのに、かなえられないものがたくさんあるという苦しみであり、八つの苦しみの総括でもある。

 

 

以上がブッダが説く八つの苦しみで、「四苦八苦」と呼ばれるのがこれである。

ブッダは紀元前の人物とされているが、その時代から人間の苦しみは変わっていないというのが興味深い。これらの苦しみを体験したことがある、もしくは今も苦しんでいるという人がほとんどであろう。人間は科学技術や生活レベルは向上させたが、この2000年間で人生の苦しみを一つも減らすことができなかったのである。

八つの苦しみの一つ目にあがる「生」はすなわち「生まれること」。生まれること自体が苦しみなのだと言っている。それには心から同意したい。

苦しみに負け、自殺してしまう人がいる。日本では最近のデータでは年に2~3万人が自殺している。とんでもない数だ。彼らは苦しみから助かるために死という選択をしたのだろう。

 

 

しかし、ブッダは自殺をしてはいけないとしている。人生は苦しいが、それでもなお自殺してはならない。

自殺は人を悲しませる行為だ。その人を愛した人の人生さえも否定し、殺す行為だ。死んだ人には何もしてあげられない、恩返しもできないし、ありがとうを言うこともできない。悲しむのは本人ではなく、周囲の人だ。

生まれた以上生きなければならない。自分が生きるということは人を生かすことである。人生は苦しい、辛い、たくさんの別れがあるし、たくさん涙を流す。しかしそれでも生きなければならない。愛する人、親、兄弟、友達、そういった人たちへ死というのは最悪の贈り物だ、「愛別離苦」だ。恩があるそういった人たちへの最高の贈り物は生きていることだ。

そういう考えを持ち、苦しい人生を生きていこうと思う。

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